音楽、映像、ダンス、写真で構成する新しい舞台。
戦後の復興を語る老人の身体から、現代的な問題を炙り出す意欲作。

09/10/16 BankARTで打ち合わせ

横浜のBankARTに打ち合わせに行って来ました。近々、日程もお知らせできると思います。さくら苑の映像や野村誠の演奏でお届けするイベント。3月ごろを予定です。

09/10/07 樋上さんとのセッション

横浜の老人ホーム、さくら苑へ。映像作品を作ろうというプロジェクト。
八木さんの大正琴の演奏は、前回よりも随分、力強いものになっていた。
樋上さんの周りに180度太鼓を置いたドラムセットと、ピアノでセッション。樋上さんの即興はなかなか。
休憩後、コーヒーラウンジに移動して、撮影。見学者も多いので客席を作る。車椅子6人が横一列に並び、中央に樋上さんが座る。7人がハンドベルを持って、撮影開始。皆さん、撮影となると、頑張ってくれる。
せっかくなので、全員の前に太鼓を置いて叩いてもらう。これまた、素晴らしい。最後は、ぼくも鍵ハモで加わって演奏した。
これは、お客さんをよんでライブができる、と確信した。即興ライブ。

09/08/03 ビデオの中の創造の種

横浜の老人ホーム、さくら苑。「お年寄りとの共同作曲」に取り組んだ1999年から、通い続けて10年が経過している。本日は、映像の上田謙太郎さんも初めて来てくれた。あと、「地域創造」のアウトリーチ事業調査か何かをしているらしいニッセイ基礎研の方々も取材にやってきて、ぼくらの活動が終わった後に、桜井苑長にもインタビューをしていました。
6歳の時に大正琴を習ったことがあり、80何年ぶりに大正琴を弾いた八木さんが、何かを思い出そうとして演奏する大正琴の音が、とても叙情的に響き、みながそれに聴き入る。89歳の八木さんのご主人が、何かを言い、八木(夫)さんがボタンを押さえ、八木(妻)がピックで弦を弾くという夫婦の2人3脚的な演奏が、独特な間合いで進む。ぼくは、そこに大正琴で加わる。かなり美しい。
前回もパーカッションを頑張った樋上さんにドラムをやってもらおうと太鼓をいっぱい並べる。ぼくはピアノでアンサンブルをしようかと思ったが、樋上さんから三味線をやって欲しいとリクエストがあり、三味線に。すると、「わいわい音頭」を歌いながら、太鼓を叩き始める樋上さん。なるほど、それで三味線か。気合いのこもった太鼓に、こちらも勢い良く三味線を弾きました。
その後も色々ありまして、最後に、本日の映像を見る。この映像を見るという活動は、なかなか面白い。Keyboard Choreography Collectionでも、「べルハモまつり」を作曲したASIASのワークショップでも、最近は、映像を何度も見返すということを、何度もしています。野球選手なんかもビデオとかでフォームのチェックしたり、相手投手の癖を研究したりするらしいですが、音楽家にとってもビデオを見るというのは、可能性がいろいろある。即興的にその場で起こったことを、ビデオで何度も見て、そこから何かが生まれてくる。音楽療法家は、ビデオを見て、セラピーの検証をするし、イタリアのレッジョ・エミリアの幼児教育とかでは、ビデオを見て、子どもごとの関心を探り、その子に合った教育プログラムを組み立てたりするらしい。ぼくは、音楽家として、ビデオの中に眠っている創造の種から、何かが生まれてくることに興味がある。
次回は、最初の一時間くらいは、適当に色々やってみる。その後は、その日の面白かったところをピックアップして、撮影。最後に映像を見る、という3部構成で進めようということになった。

09/06/03 さくら苑10周年の新展開

老人ホームのさくら苑へ。1999年から通い始めて、10年たったわけです。で、新展開として、これから映像を作っていこうと思っていて、今日は、そのテストとしての日でもあった。お年寄りは、カメラの存在があることで、いろいろはりきったりすることもあるようだ。で、男性が太鼓をはりきって叩く、ということもあって、それを映像に収めて、みんなで見てみたりした。で、これから、いろいろやれそうだ、という感触を得る。
で
終わった後、さくら苑の苑長さんと話していたら、職員がいろいろ表現できる場があったらなー、もっと表現したいはずだ
と、おっしゃる、
そして、初めて見学に来た人に感想を聞いたら、職員の人の内面の動きのドラマに感動した
と
なるほど。。。。
さくら苑の場合、既に、お年寄りが自由に表現できる場が、かなり保証されてきていて、そのことは、もはやコメントするまでもない当たり前状態に達している。で、そうなってみると、作曲家が老人ホームに来ているこの活動は、職員の人の表現が発揮できる場には、まぁ、なっていないわけです。じゃあ、どうしよう、というのが、今日の宿題ですね。10周年の新展開のヒントが、いろいろ出てきています。

09/05/03 スティックで叩く大正琴

特別養護老人ホーム「さくら苑」での共同作曲。開始より10年経過。松田弘子さん(青年団という劇団の俳優)、倉品淳子さん(山の手事情社という劇団の俳優)、吉野さつきさん(青山学院大学の客員研究員でワークショップコーディネーター)、倉田晃光さん(晶文社の編集者)、渡辺さん(これから英国でアーツマネジメントを学ぼうと準備中)、川口知美さん(衣装デザイナー)というメンバーが6名外部からやってきて、ホームに居住のお年寄りは、樋上さん、八木さん、長谷部さん、入江さん、もう一人男性の方と5名。という濃いメンバー構成になりました。
今日は、大正琴をピックで弾くのではなく、スティックで叩いて演奏するのが、自分的には発見。
あと、ハンドベルだけの演奏が、かなり良い響きになった。カスタネットをお寿司を握るような仕草で演奏するのもあった。こういう演劇的な要素は、やはり俳優の人が来ていると生まれやすい。
八木さんが「何十年ぶりに大正琴を弾いた」とおっしゃったが、小学校2年生以来らしく、今90歳とのことで、多分、大正の終わりか昭和の初めごろに弾いて以来とのこと。大正琴は大正時代に発明されたわけだから、当時2年生で最先端の楽器をやっていたわけで、今なら、小学校2年生でMAX/MSPをやっていた、みたいな感じか。。。。
その後、晶文社のホームページの連載を下敷きに、新刊本をつくる打ち合わせなどをしましたが、どんな本が面白いと思うかについては、ブログ読者の皆さんからも、ご意見ございましたら是非、、、。

09/03/18 老人ホームの新世代

老人ホーム「さくら苑」へ行く。1999年に開始した共同作曲は、まだ続いている。10年前の開始当時のメンバーは、樋上さん以外は、今は亡き人となっているので、現在では、第2世代、第3世代と、世代交代が起こっている。樋上さんは10年間この活動に関わり続けているので、どんどん芸風に深みが増して、名人の領域にある。
開始当時は、樋上さん以外にも、沼田さんとか、山田さんとか、小沢さん、内藤さん、など、濃いキャラの人がいっぱいいて、その中の一人だった樋上さんは、今では、この共同作曲のリーダーと言える。しかし、今日は、ここ1年くらいで毎回参加しているメンバーが、レギュラーメンバーとして、個性を発揮してきて、樋上さんに負けない存在感やアピールが出てくることを痛感する一日だった。
数回前から長谷部さんが大正琴を演奏するようになっている。ボタンを押すと、アシスタントが弦を弾くという2人3脚的な演奏。今日は合計50曲くらい演奏したような感じで、しかも「わいわい音頭」なども、大正琴で演奏していた。また、中武さんも、相変わらずよく笑うのだけど、以前よりも参加の密度が濃い感じだったり、、、、。
いずれも80代、90代の方々なので新しい世代と呼ぶのはおこがましいけれど、こうやって続けていくと、途絶えてしまうのかと思われた伝統を受け継ぐ新しい世代が出てくるみたいだ。
この共同作曲は、ぼくが30歳の時にスタートした。40歳になったけど、まだ続いている。50歳や60歳、さらにその先まで続くのか、分からないけど、ライフワークになっている。

09/02/01 「さくら苑の歌」の2番

横浜の老人ホームさくら苑に行く。1999年にアートプロジェクトとして、1年間で20回以上のワークショップでお邪魔させていただいた後、やめるのも寂しく、なんとなく来つづけて、いつの間にか10周年です。ちょうど10年前の今ごろ、このお年寄りたちと作曲が始まった。
あれから10年たって、まだ、ここに来ているというのも驚きだ。そして、今日は、「あなた、声がいいわね。歌が上手ね。」と言われた。ぼくは音楽家だし、音楽を職業としているが、はっきり言って、歌をほめられたことは、人生の中でほとんどないし、歌に全く自信もなければ、歌でお金が稼げるとも思っていない。ところが、ほめられた。しかも、複数のお年寄りから。お年寄りは、おだてるのがうまい。ぼくも調子にのって、歌いまくった。もっと、歌いたいと思った。
ということで、本日は、「さくら苑の歌」の2番を作った。さんざん、歌った後に、入所して間もない長谷川さんが、
「今日はピアノが聞けると思ってきた」
と、おっしゃったので、歌ばっかり聞かせるのもどうかと思い、最後は、「わいわい音頭」と「さくら苑の歌」をアレンジしながら思いっきりピアノを弾いて帰ってきました。
そして、「桜井園長伏してお願い申し上げます」の歌で、桜井さんに「遠足行きたいよー」と主張したところ、
「じゃあ、お花見に行きますか」
という話になりました。

08/12/10 念ずれば花開く

老人ホーム「さくら苑」での共同作曲。今日もいろいろありましたが、1999年に最初にさくら苑に訪れた時のハンドベルでの演奏、そして3回目にさくら苑に訪ねた時の演奏を、現在いるメンバーでやってみて、そこから、どうやって「わいわい音頭」のメロディーが生まれたか、のプロセスを追体験してみました。
そして、それから約10年たった今、その時と同じプロセスをしたら、また違ったリズムや違ったものが生まれるか、やってみました。
その結果、全く違った歌が生まれた。
念ずれば、花開く、花嫁さんになりたいよ
念ずれば、花開く、花より団子が食べたいよ
花婿募集中でーす
今、好きな人いるんですか?
の質問に、返答を濁した方もいました。老人ホームの中の恋は、いろいろありそうです。
と同時に、「おっかぁだけ、おっかぁが大事」という言葉もありました。

08/11/12 ビデオを撮ってテレビで見る

今日は、さくら苑での共同作曲の日。1999年からスタートして延々と続いているプロジェクトで、今日は、9年間で初めて、遠足に出かけて、ゲリラパフォーマンスをしようという日でした。お年寄りの一人、樋上さんが、ぜひやりたい、とおっしゃったので、桜井苑長にかけ合って実現。
というはずだったのに、天候が悪いので、延期に。
ということで、さくら苑での活動に。
ゲリラパフォーマンスの意図は、やはり老人ホーム意外にいる人々に向けて、自分たちの表現を届けたい、ということだと思います。表現者には観客が必要なのです。
遠足が中止になったので、テンションが下がりますが、今日は、1年ぶりに豊島忍さんが来ました。豊島さんは、白井剛くんや森下真樹さんが所属していた千葉大のダンス部の部長をしていた人で、ダンスを踊るのが大好きですが、彼女自身がダンスを踊るのが1年ぶりくらいに久しぶりだったそうなので、まずは準備運動をすることに。ストレッチは気持ちいいです。腕をあげるだけでも気持ちいい。せっかくなのでカスタネットを手に持ったカスタネット体操をしてみることに。
それから、京都から参加の林加奈さんが、ビデオカメラを持って来ていたので、お年寄りの演奏を映像に残して見てみようと思いました。でも、みんなで合奏とかしていても、映像だと面白さが分かりにくいし、一人ずつソロをやってもらうことに。ぼくのわがままで、「ぼくの希望を言ってもいいですか?ピアノ弾いていただいてもいいでしょうか?ピアノだったら、触れば音が出るんで、ぜひ、皆さん一人ひとりがピアノを弾くのをビデオに撮りたいんです」
とお願いしました。
まず、さくら苑のキムタクを自称する樋上さんのピアノ。豊島さん曰く「ジャズピアノ風で、明らかにこういう映像をとられたいというイメージを持って弾いている」とのことです。ぼくも共演させてもらったのですが、やはりお年寄りの場合は、体力的に微弱な音を出しやすいのが特色で、本当に鍵盤に触って、音が微かに鳴ったり、鳴らなかったりするのです。ピアノの鍵盤を弾いて、30%の確率で音が出る感じ。これは難しい。樋上さん曰く「ジャズピアニストじゃなくて、ギャグピアニスト。ベートーヴェンじゃなくて、弁当ヴェン」
それから、中武さんのピアノ。これが、順番に鍵盤を押していくのですが、不思議な指の使い方と、指の潜り方で、指の腹で弾いたり、手がひっくり返ったり。そして、音は本当に微かなのです。ぼくとのデュオをやった後、ぼくではなく音楽の専門じゃない人が共演した方がいいのでは、と思い、豊島さんと中武さんで共演。すると、途中から、豊島さんのピアノに触発されて、中武さんはピアノをやめて、歌を歌い始めました。それは、多分、賛美歌や唱歌なのだと思いますが、豊島さんのピアノは、もちろん、その歌とも全く違ったテイストで流れています。この二つが相互作用をして、どんどんエネルギーが高まっていく。気がつくと、吉野さつきさんが、涙を流していました。それだけの何かがある演奏でした。
この演奏に触発されて、やる気満々になったのが長谷部さん。メンバーの中で唯一ピアノの素養がある長谷部さんだけが、敢えてピアノを選ばず、大正琴でソロをやることにしました。彼女がそう思った理由も、何となく想像できなくもありません。大正琴の鍵盤を指で弾くだけでは、十分な音が出ないので、弦を同時に弾かなければいけません。通常の奏法では、右手で弦を弾き、左手で鍵盤をおさえます。でも、長谷部さんは、右手で鍵盤をおさえるだけなので、吉野さんがアシスタントとして、弦を弾きます。でも、アシスタントは、長谷部さんの弾く曲を知らないし、いつ鍵盤を押すか、そのタイミングは、かなり不確定なので、予想がつかず、まるでモグラ叩きのゲームをしているような演奏で、見ていて面白い。でも、本人たちは本当に真剣な表情で集中してやっている。これが、ますます面白いのです。
そして、これを大画面のテレビモニターで再生して見てみた。お年寄りは、視力が弱い人が多いのか、老人ホームのテレビは本当に大画面です。大画面で見ていて、皆さん、本当に笑ったり、喜んだり、恥ずかしがったり。ぼくらの世代とは違って、現在80代や90代の方々にとって、ビデオに自分の姿が映ること自体、かなり珍しい経験なのですね。
で、樋上さんが、これを「みうち」に見せたら、喜ぶだろう、って言ったのですが、ぼくは、この「みうち」が聞き取れず、「ゆうち」と聞こえた。もっと言うと「ゆうちゅう」と聞こえた。そして、その時のぼくには、「ゆうちゅう」=「YouTube」って聞こえたのです。で、耳を疑った。え?「YouTubeで見せたら、喜ぶだろう」?確かに、面白いかも、って思った。
だって、お年寄りたちは、老人ホームで表現をしても、観客が不在で、だから、今日は、苑長にお願いしてまで、「遠足」に行って、ゲリラパフォーマンスやってみたい、って言ってたわけです。でも、体力面を考えて、天候も悪いし、延期になったわけです。でも、映像を作れば、自分たちの表現を発信することができる。これは、いいかも、と思いました。
あと、老人ホームって、ずっとテレビ見ているお年寄り多いんですよね。ロビーでずっとテレビが流れていて、その前に車いすのお年寄りがいっぱい座っている光景。あのテレビのテレビ番組の代わりに、さくら苑のお年寄りたちの映像がヘビーローテーションで流されているモニターが一台あったら、面白いんじゃないかなぁ、って思ったのです。
映像を撮ってくれるアーティストを探して、やってみたいな、という気持ちが出てきました。企画書を書いて、来年度あたりに、助成金なども探して、プロジェクトとして始動させるべきかも、って思い始めました。
来年はいよいよさくら苑に通い始めて10周年です。やりたいことが、なんだか沸き上がって来ています。

08/09/17 遠足行きたいよー

老人ホームのさくら苑に前回つくった「ポリデント」の歌をさらに発展させようということにはならず。
なんとなく、1時間ほど過ごした後に、樋上さんが、「~~~らしく」ということは大切とおっしゃった。
ぼくは、「野村誠らしく、っていうのは、ゴロゴロすることでもあるんですが、さくら苑では、いつも椅子に座って音楽やってますね。一度、床にふとんを敷いて、ゴロゴロしながらわいわい音頭をやるとどうなるか、やってみましょうか」
と提案。環境が変わると、音楽も変わってくるはず。
すると、樋上さん、
「みんなで遠足とか行ったら、違った音楽になるんじゃないかなぁ。」
そこで、桜井苑長に来ていただき、お話を聞いてもらう。
介護保険が始まってから、分刻みで職員のシフトをつくることを義務づけられたりして、遠足に行く場合のスタッフの確保が一番鍵になると、桜井さん。
「介護保険が始まる前だったら、気軽にお出かけとかできたんですけどねー。でも、がんばって実現できるように検討してみます。」
ということで、その後、
「桜井苑長、伏してお願い申し上げます、遠足行きたいよー、遠足行きたいよー、遠足行きたいよー、遠足行きたいよー」
という歌ができました。桜井さんにも最後に聞いていただき、遠足は、山下公園あたりに行って、ゲリラライブで、町行く人とも交流しながら、わいわい音頭。
実現するといいなー。